わんちゃんは、生後3ヶ月くらいまでの間に、どれだけ見て、聴いて、触れるかによって、人(犬)格形成されます。
 この時期に見なかったもの、聴かなかった音、触れなかったものに対し、警戒心や恐怖感を抱きながら生きていく仔は少なくありません。
 いろいろな経験をしながら社会性や適応力を身につけるこの時期を“社会化期”と呼びます。
 わたしは、hundehutteを始めるにあたり、こいぬの社会化期の重要性をすごく考えました。
 それ故、物件探しの際、次の事項を何よりも優先しました。

●『路面店は絶対避ける』
 車や人の往来が激しいことは、お店を始めるには最良かもしれませんが、こいぬの社会化には適さないと考えたからです。
 こいぬの時期はとにかくゆっくり寝かせてあげることが重要です。
 周りが常にわいわいがやがやしていては、寝られないどころか、落ち着くこともできず、常にびくびくしていなければなりません。
 そんな状況で育つということは、心身にいい影響を与えないと考えました。
 hundehutteは、『大丈夫か?』と思うほどいつものんびりしています(笑)
 これもすべて、こいぬの社会化期を重要視するが故の選択だったのです。

●『緑のそばであること』
 わんちゃんには、土や草や葉を踏みしめる喜びをいっぱい経験させてあげたいと常に思っています。
 『土や草や葉の上を歩くのって気持ちいい』と言ってくれるわけではありませんが、緑の中を、土の上を気持ち良さそうに走るその姿が、気持ちの表れだと思っています。
 ですから、神社のそばというのは最適でした。
 幼い頃から土や緑の上をごろごろ転がったり、時に葉っぱや木の枝をくわえて楽しそうに走り回る姿を見ると、ただただしあわせな気持ちになります。


 そして、こいぬをお店に連れてくる上でこだわったのが、こいぬたちのプライスを掲げないということ。
 ペットショップのショーケースにこいぬたちが入れられ、ガラス面にプライスが掲げられているあの光景。
 迎えられないと、どんどん下がるプライス。
 そして、時にプライスの横に赤や黄色の派手な文字で一際目立つように掲げられる『SALE!』『大特価!』のポップ。
 胸が苦しくなります。
 “わんちゃんたち” を、“命” を、『商品』『売り物』『物』としてしか捉えていないやり方はしたくない。

『プライス表示してないんじゃ売れないよ。売り物ってわからないじゃない。』
 これは、開店時より言われ続けている言葉です。
 わたしは、“命” を前にして『売り物』と平然と口にする方、そういう心持ちの方とは微塵も関わりたくない。
 ましてやお店にいる仔をお渡しするはずもない。
 今も昔も変わらずにある想いです。

 こいぬは、誰に迎えられるかによって、人生(犬生)が決まります。
 だからこそなによりもまず、“この仔を迎えたい” という気持ちが本当にあるのか、そして、その気持ちの強さ(真剣さ)が本物なのかを知りたい。
 迎えてから起こるいろいろなことを乗り越えていくという強さが本当にあるのかを。
 おさんぽをする。ごはんをあげる。トイレの片付けをする。といった日々のお世話はしてあげられるだろうか。
 想像したくないだろうけど、病気や怪我をしてしまうこともあるかもしれません。
 もしそうなった時、誠心誠意、ずっと付き添って看病をする覚悟が自分にはあるだろうか。
 命を迎えるということは楽しいだけじゃないんです。
 お金の話なんかは二の次でいいんです。
 なによりもまず、命を迎えることの重さを真剣に考えてから。


 これはすべて、わたしの、hundehutteのこだわりであります。
 そしてこのこだわりを貫き、お店を続けていくことこそが理想です。
 ただ、最近、わたしのこだわり、理想のためにお店にいるこいぬたちの迎えられる時期を遅らせてしまっているのではないか、妨げになってはいないだろうかと悩むことがあります。
 プライスを掲げていないことで、お店にいる仔、webで紹介されている仔を見ても、この仔がどんな仔なのかわからない。
 この仔は迎えたいという気持ちがあれば迎えていい仔たちなのか、それとも看板犬なのか。明確でないが故に迷わせてしまう。
 社会化期の大事さを考え、車や人の往来が激しい場所を避けたことで、ここにわんちゃんたちがいるということが知られないでいる。
 わんちゃんとの楽しい生活を夢見ている気持ちに水を差すかのように、こいぬを迎えることを今一度考えてくださいと苦言を呈す。
 間違っているとは思わないし、こだわり、理想は曲げることなく貫く所存でありますが、自分はこだわりや理想を貫くだけの力がまだまだ不足している。
 そのせいで、こいぬたちが迎えられる時期を遅れさせている現実に悩み、こいぬたちに申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
 胸が痛い。
 胸が苦しい。
 理想と現実の狭間でもがいている。

2008.3.29 Saturday




追記

★これは過去に書いたもの。
 今なお、理想と現実の狭間でもがいている。抜け出せずにいる。
 ビションフリーゼのおんなのこちゃんは順調に成長し、表情や動きがとても豊かで、とってもかわいい。愛おしい。
 こんなにもかわいい仔なのに、わたしの元にいるせいで迎えられる機会を失ってはいないだろうか。
 申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
 ビションちゃんの笑顔を見るたび、胸が苦しい。

2008.8.24 Sunday





2008年3月と8月に書いたもの―

2013年10月現在、ここに書いたことに関しては、今なお悩み続けている―

おそらく解決なんてないんだろうな…

ずっともがき続けるんだろうな…





先ほど、自分の家の仔が急に具合が悪くなったとのことで、お店に連れて来た方がいらっしゃいました。

18:39のことです。

私やスタッフを信頼してくださってのことと思いますが、私やスタッフは獣医ではありません。

「医者に連れて行く前にみてもらおうと思って」

もう一度言います。

私もスタッフも獣医ではありません。

急に具合いが悪くなったのであれば、即動物病院へ連れて行ってあげてください。

当店に連れて来る時点で時間のロスが生まれます。

その仔の状態が1分、1秒でも早く処置しないといけない場合もあります。

一刻を争うんです。

そして今から話すことはすべての人に聞いてほしい。

「信頼できる獣医さんはもちろん、緊急の場合に備えてすぐ行ける近くの動物病院も確保しておいてください。」

いざという時のために。

動物病院の場所、診療時間、休診日 etc.

そのすべてを把握しておいてください。

緊急事態が起こってから探してたら遅いんです。

自分の仔が大事と言うなら、それくらいのことはやっておいてください。

今回、当店に来られたのが、18:39。

19:00で診療を終える動物病院が多いと思います。

緊急、時間外で診てくれる動物病院もあるかもしれませんが、そうでない動物病院もあります。

その動物病院にも事情というのがあります。

緊急、時間外で診てくれないことを恨む人がいます。

他人を責めてないで、自分を責めろ。

緊急、時間外で診てくれる動物病院を事前に探さなかった自分を。

話を元に戻します。

19:00で診療を終える動物病院が多い中で18:39に当店に連れて来てる場合じゃないんです。

動物病院へ即連れて行くようお願いすると、

「どこの病院がいい?」

と。

その方が信頼し、いつも診ていただいている動物病院が遠くにあることは知っていました。

でもこうした緊急の場合に備えてすぐ行ける近くの動物病院を確保しておくよう以前にお話したのに…

近辺の動物病院を伝えると、

「どこにあるの?」

もう何も言いません。

連れて行きました。

これがいけないのかもしれないけど。

自らやらなくなるのかもしれないけど。

でも、その仔がかわいそうだから。

命だから。

葛藤。

今回、私もスタッフもお店にいました。

対応できました。

その仔も大事には至りませんでした。

でももし、私もスタッフもいなかったら?

当店内外で手が離せない事情があり、対応できなかったら?

1分、1秒を争う場合があります。

自分の仔が大事なら、最低限やるべきことはやってください。

「信頼できる獣医さんはもちろん、緊急の場合に備えてすぐ行ける近くの動物病院も確保。」

「動物病院の場所、診療時間、休診日 etc. の把握」

これは最低限のことと肝に命じておいてください。

緊急事態は、いつ、どこで、起こるかわかりません。

常に、最低限のこととして備えておいてください。

自分の仔が大事なら。

どうかお願い致します。





本日来られた方、とてもうろたえていました。

自分の仔が突然具合いが悪くなり、事前の備えもなく、どうすればいいのかもわからなくないのですから当然です。

ただこれは、あなたがもし今、

「信頼できる獣医さんはもちろん、緊急の場合に備えてすぐ行ける近くの動物病院も確保。」

「動物病院の場所、診療時間、休診日 etc. の把握」

ができていなかったなら、自分がそうなってもおかしくはないんです。

現実に考えられない方、考えない方がいらっしゃいます。

だからこそ、今回の事はすぐ伝えたかった。

そして、すべての人に聞いてほしかった。





押井守氏『犬を飼うということは…』1

押井守氏『犬を飼うということは…』2
『BRIO』2004年7月号


 胸がつまりました…

 想いに、言葉に胸がつまりました…





 世の中、悪いことばかりではないけれど、人は嘘をついたり、裏切ったりする。これは紛れもない現実。
 『言葉が話せないから何を伝えようとしているのかわからない』という人もいるけど、犬たちは、うれしい、かなしい、つまらない… 自らの感情をとても素直に、正直に表現してくれる。
 言葉というコミュニケーションツールを持つ人間同士、その言葉がすべて真実であることってあるのだろうか。
 『言葉が話せないから…』といわれる犬たちの方が、よっぽどわかりやすい。
 そして、信じられる。
 すべてが真実だから。
 素直で正直でいてくれるきみを愛す。
 真実を伝えてくれるきみを愛す。

 ここに、共感し、涙を流した論を紹介したいと思う。
 十九世紀にアメリカで起きたある犬の射殺事件。それを訴えた飼い主の弁護人、ミズーリ州の上院議員ジョージ・グレアム・ベストの陳述した有名な弁護論である。
 法廷でこれを聞いた被告側の弁護士は、
 『それは、かつて聞かれたもののうち、もっとも完璧な演説だった。裁判官も弁護士も魅惑された。とくに裁判長はまるで親友を失った人のように涙をこぼしていた。』
 と、語っている。
 評決には、たった二分しかかからなかったという。


 ー人間がこの世で持つ最良の友も、彼に反し敵となることがありましょう。彼が愛情こめて育て上げた息子や娘も、親不孝となることがありましょう。私どもが自分の幸福と名声を任せる者さえ、その信頼を裏切ることがありましょう。人の持つ富は失うこともありましょう。富は人がもっとも必要とするときに、人から飛びさってしまうものです。
 人の名誉は、何か一つ人によく思われない行為があった途端に地に堕ちます。成功が私どもと共にあるときは腰をかがめて我々を崇める人々も、一旦失敗がその雲を我々の頭上に覆うや、まず悪意の石を我々に投げる最初の人ともなるでありましょう。
 この利己的な世の中で、人が持ちうる唯一の絶対に非利己的な、決して彼を棄てず、決して恩を忘れたり裏切ったりせぬ友は犬であります。
 陪審員諸君、人の持つ犬は、富む時も貧に悩む時も、健康の時も、病気の時も、その主人の味方である。犬は冬の寒風吹き荒び、雪が激しく降るときにも、その主人の側近くにおることさえできれば冷たい地面にも寝るのであります。彼は、自分にくれる食物を持たない手にも接吻し、世の荒波と闘ってできた傷も舐めてくれます。彼は貧しい主人の眠りをあたかも王侯にたいするのと同じく番をするのであります。
 他のすべての友が去っても彼だけは残っています。富が飛び去り、名声が粉々になっても彼の愛情はちょうど空を旅する太陽のように不変であります。運命が彼の主人を友もなく、家もなく、地の果てへ放り出しても、忠実な犬は主人について危険から主人を守り、その敵と戦うより以上の特権を求めないのであります。
 そうして、遂にすべてが終わって、死が主人を抱き、その体が冷たい地面に横たわると、他のすべての友はおのおの勝手な方向に行ってしまっても、その気高い犬は墓の側にあって頭を前脚の間に垂れ、目は悲しげに、しかし、聡く(さとく)見張って大きく開き、死に至るまで忠実で真実であります……。
(『パートナー・犬』1997年7、8月合併号参照)



 自分のすべてを注いでもまだ足りない。



2007.10.16 Tuesday 掲載





全てのBlog記事を見返している。
手違いでGoogleのアカウントを削除してしまい、YouTubeにアップしていた動画が全削除。
復帰作業を試みるも、復帰せず。
そこで、新たにGoogleアカウント作成して、過去の動画を保存してあるHDDから探して、再度アップロードして、それをBlogに再掲載を試みようかと。
途方もない作業。
手始めに、Blog記事を見返している。
2013年10月5日現在、Blog総件数8789。
けっこうあるね。
気が変になったらすみません。
でも見返してみると、おもしろいものや考えさせられるものがいっぱい。
自分で書いてんだけどね。
その中からまた見てほしかったり、考えてほしかったり、そんなものをピックアップして再掲載してみます。
よかったら見てみてください。






動物を迎えるということは、“命”を迎えるということ。

“命”を迎えるには覚悟が必要です。

その覚悟がないなら動物を迎えるなんてことをしてはならない。

『“命”を迎える覚悟ができていないから動物を迎えるのをやめる。』というのも命の大切さを知る者の責任ある行動だと思います。



すべての人が“命”の大切さ、重さを真剣に考える世の中になることを心から願っています。

そして、すべての仔がしあわせに生きられる世界になることを心から祈っています。





  • 2013.02.11 Monday
  • to U

この三連休、とてもなつかしい顔に会うことができた。

遠方から会いに来てくれて、ご家族の方にもきみにもありがとうの気持ちでいっぱいです。

きみが訪れるまでの時間はとても待ち遠しくて、「孫が会いに来てくれるのを待つおじいちゃんの気持ちはこういうものか?」なんて自分に問いかけました。

そして、きみの顔が見れた時にはこれが現実なのか、夢なのかと頭がふわふわしていました。

でもきみは目の前にいて、とても元気そうで…

しあわせそうなきみに会うことができて心からうれしかった…

ご家族の皆さんもとてもやさしい方々で、きみのすべてを受け入れてくれているんだね…

よかった…

本当によかった…

いっぱいいっぱいあまえて、いっぱいいっぱいしあわせになってね…

これからもずっと…

ずっと、ずっと…



20130209_2.jpg

2013.2.9 Saturday





母の日Mothers Dayカーネーションフントヒュッテビションフリーゼ東京ビションカットトリミング文京区hundehutteたまごちゃんレアカラーマリメッコキャリーバッグmarimekko1.jpg

母の日Mothers Dayカーネーションフントヒュッテビションフリーゼ東京ビションカットトリミング文京区hundehutteたまごちゃんレアカラーマリメッコキャリーバッグmarimekko2.jpg

2011.5.8 Sunday


Happy Wedding Hilton Tokyo Bay 結婚式ヒルトン東京ベイは東京ディズニーリゾートオフィシャルホテルです。舞浜東京ディズニーランド浦安ディズニーシーミッキーマウス.jpg


出逢いというのは奇跡の瞬間です―

どれだけの数の男と女が存在するかわからない中で「この人!」と想える人と出逢うことは本当に奇跡だと思います―

ふたりが出逢った奇跡の瞬間をこれからも忘れずにいてください―

そしてその瞬間を永遠に変えていくのがこれからのおふたりです―

心からおめでとうございます―

2011.4.10 Sunday


弟へ


  • 2011.04.14 Thursday
身体を作る源―

それが、食。

何を食べ、何を飲むか―

それが身体を良くもすれば、悪くもする。


私たち人間は、「何を食べ、何を飲むか」を選択できるが、犬はそれができない。

家族であり、信頼する者より与えられた食物を喜んで食べる。

それがどんな食物か疑うことなんてしない。

与えられた喜びを感じ、口にする。


自ら口にする食物を選べるのなら身体への影響は自らが負うだけ。

だが、犬は違う。

身体、健康の責任は、すべて人に委ねられている。

家族であり、信頼する者に委ねられている。


食の大切さ、身体への影響は、考えている以上に大きい。

自らの選択により、大切な我が仔の身体を蝕むこともある。

耳が痛い。

胸が痛い。


食について考え直そう。

そして、実践しよう。

とはいえ、知識も技術も無い。

自分にあるのは想いだけ。


でも想いというのは大切で、

その想いは人の心に届き、

人と人を繋ぎ、

想いは形になっていく。


愛する仔のためにフントヒュッテはフード作りを始めます。

フードには多くの方の想い、知識、技術が込もっています。

知識も技術も無い自分なんかの想いを受け入れてくださり、

心より感謝申し上げます。


食の大切さ、身体への影響を気付かせてくださったお二人。

フード作りを担ってくださる方々。

皆様に感謝申し上げます。

心より感謝申し上げます。

フントヒュッテ


心―

愛情―

手から手―

手と手―

食―

健康―

大切なこと。

大切なもの。

改めて考え直そう。

考え直す機会をくださったお二人に心より感謝申し上げます。

2011.3.31 Thursday



Calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< April 2018 >>

Archive

Mobile

qrcode

Selected Entry

Link

Profile

Search

Other

Powered

無料ブログ作成サービス JUGEM